ホーム > ともえ寿司様 ユニフォーム導入事例

ともえ寿司様 ユニフォーム導入事例

2016年1月15日掲載
ともえ寿司 様ユニフォーム
2015年12月、茨城県水戸市にOPENされました「ともえ寿司」様に ユニフォーム採用の経緯を伺いました。

 

Q. 貴店について教えてください。
店主:私の職人人生のスタートは鎌倉にあった昔ながら の立ち寿司からです。 頑固な職人気質の親方の下、数年修行をし、その後、大手 魚屋が展開する回転寿司で15年、小規模の寿司店で2年 勤め、元々妻も同じ店で一緒に働いていた事もあり、 2人で独立開業することになりました。

会社名 ともえ寿司
所在地 茨城県水戸市中央2-8-31
電話番号 029-224-1941
設立 2015年(平成27年)12月
従業員 2名
席数 14席
事業内容 飲食店(すし)
ユニフォーム着用事例業種

 

Q. なぜ水戸市でオープンしたのですか?
店主:私は神奈川県鎌倉市出身、妻は東京都の出身ですが、 私の母の実家が茨城県笠間市で、幼いころからよく遊びに 来ていたので、第2の故郷だと思っていました。 すでに母は他界していますが茨城県に住む不動産業を営む 従兄弟からいい条件の居抜き物件の紹介があり、水戸で 独立することになりました。 ユニフォーム着用事例業種

 

Q. どんなお店にしたいですか?
店主:私は、丁寧な仕事をする昔ながらの寿司屋も、 早い仕事、量をこなす仕事が求められる回転すしの 職人と店長も経験をしました。 今回、「自分の声を聴いてくれるお客様を相手に仕事がしたい」という想いから、今までの 集大成として両方のいい所を取り入れながら、手の届く範囲、目の届く範囲内で、お客様が ゆっくり食べて飲めるようなお店にしたいと考えています。

奥様:最初、内装に惚れ込んだものの、この場所を選んだ時は繁華街ではないので正直不安でした。 でも、周りの方に話を聞くと、大分良くなってきている地域だし、最後は口コミだと思っている ので、広告は打たず、初めはひっそりとOPENして、私達のペースでやっていきたいと思って います。

店主:自分が自信のある物をお客様に「美味しい」と言ってもらえる、「また来たよ」と言って もらえることが、この店の成功だと思っています。

 

Q. ユニフォームネットを知ったきっかけは?
店主:初めての独立なので、業者さんを知らなかったため、ユニフォームネットさんを含む 数か所のユニフォーム会社さんに電話をし、カタログを取り寄せました。 その中でもユニフォームネットさんは他社さんに比べ、数多くのカタログを用意して頂き、 私たちがピックアップした沢山の候補を電話で伝えたところ担当営業さんから、 「コーディネートをしてご提案してもいいですか?」と言われた事にとても驚き、他社さんと 違うなと感じたので、ユニフォームネットさんに相談させて頂くことになりました。

 

Q. 弊社営業担当者の対応はいかがでしたか?
奥様:私も以前ユニフォームを着ていましたが、えーって言うような制服の時もあり、 着せられている感が強かったです。でも、今回は自分が着る物なのでカタログから好きな デザインのアイテムを選び、取り寄せ、試着などしましたがなかなかしっくりきません。 その時、担当営業さんが機能や使いやすさを説明してくれる事で当初選んだ商品とは違うけれど、 納得できるユニフォームを採用する事が出来ました。

店主:私も妻も飲食店で長年仕事をしてきましたが、ユニフォームに関わるのが初めての 経験の為、解らないことも多かったです。そんな中、担当営業さんは黒パンツひとつとっても使う 環境をヒアリングし、それにあった商品を提案してくれたり、メーカーによってコックシャツ と法被ではサイズ表記が違う事などのアドバイスがあったりと、丁寧な仕事だったのでとても 助かりました。今回のユニフォームは、ただお願いした通りに商品を持ってくるだけの 御用聞き的な仕事では出来ないクオリティだと思います。

奥様:私達の中では、お兄さんは若いのに提案が素晴らしく、とても気持ちがいい応対でした。

 

Q. お二人それぞれでユニフォームに求めるモノを円グラフにしてください。

 

Q. 最後に「ともえ寿司」の名前の由来は?
店主:初めて修行をしたお店が“登茂恵寿司”というお店でした。当時私も若く、こだわりが 強い昔気質の親方と仲違いをした形で店を辞め、2年ほど自分の好きな事をしようと、海外へ 行ったり、シルバーアクセサリーを扱うアパレルで働いたりしていました。 その後、生計を立てるならやはり職人の道だと思う ようになり、親方の元へ挨拶に行き、晴れて職人として 回転寿司店に就職しました。その親方が2年前に亡くなり、 縁の深かった方が、店で一番長く勤めていたのは私で、 “登茂恵寿司”を継げるのはあなただけだったと聞かされた 事もあり、親方へ敬意と恩返しの意味を込めて原点である “ともえ寿司”という屋号にして、暖簾には鎌倉小町と 入れました。 親方の死はそれまで迷っていた自分の背中を押してくれ、 妻と一緒に密度の濃い人生を過ごしたいと気付かせて くれた私にとって大きな出来事でした。 ユニフォーム着用事例業種

 

取材協力頂き、誠にありがとうございました。